
情報学研究者のドミニク・チェンさんが、美しい風景に佇む「窓の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2020.2.11

「無印良品の家」に寄せて | 情報学研究者 ドミニク・チェンさん
窓の家
八戸に「窓の家」を建てた、親子三人暮らしの家庭を訪ねた。八戸駅から車で30分ほどの、開かれた平地のなかの丘の上にあるその真っ白な家は、昼の陽光を一身に浴びて、周囲をまばゆいばかりに照らしていた。
二階建てのサーフェスに大小の窓が散りばめられていて、玄関側からはリビングがくっきりと見て取れる。広い外構は土だけ均してあって、若い樹が一本立っているだけだ。聞けば庭の植え込みは、夫がこれからゆっくりと自力で行っていくらしい。少しづつ樹々で埋まっていく未来の庭の様子を想像するだけで、楽しくなってくる。
玄関に立つと、ご夫妻と6歳の男の子が笑顔で迎えてくれた。少し家のなかを拝見してから、家の前のオープンスペースに広げたターフの中で、地元のバルの方が準備してくださったとても美味しいブイヤベースとお弁当をご馳走になった。隣家は夫の実家で、道を挟んだ向かい側は様々な野菜が植わった綺麗な畑があり、遠くには山々の緑が映えている。
夫のAさんに話を聞くと、もともと都内でIT系の仕事をしていて、ネットにさえ繋がっていれば場所を選ばない仕事なので、Uターンを決めたのだという。彼と情報処理技術の少し専門的な話を交わすうちに、過去に自分も地方で家を建てるという選択肢を考えたことを思い出した。この家で生活する親子の姿にしばし、自分にもありえたかもしれないパラレルワールドを投影していた。
その後、家のなかを改めてゆっくりと拝見した。最小限に留められているサッシ枠のおかげで、数々の窓から見える外の風景は、まるで空間を切り抜いたかのように感じられる。それは、たしかに家の外に広がっている光景なのに、どこか遠い異世界につながるポータルのようにも感じられる。
また、たくさんの窓があるおかげで、外の空模様の移り変わりによって、家の中の光の表情がころころと変わっていく。太陽が雲間から出入りするのと連動するように、居室の明るさが増減するので、家全体が外の自然とつながっているようだ。
不思議な時間が流れる午後の間、ご夫妻とさまざまな話をさせて頂いたが、最も印象に残ったのは「この家の窓を通すと、慣れ親しんだ地元の景色が違って見える」という妻のSさんの言葉だった。同じ場所であっても、住む家の構造が異なれば、その土地の印象が大きく変化する。家とは、そこに住む家族のメンバー同士だけではなく、家と周囲環境をも仲立ちするインタフェース(境界線)なのだということを、強く実感させられた。私的な家族の時間が、家の周りの風景へとゆるやかに融けていき、世界とのあわいが縁取られる。そんな心地よい縁起を感じさせてもらえる家だった。[2020.2]